昭和金融恐慌 統括

【歴史に学ぶ経済サイクル】昭和金融恐慌をわかりやすく解説 ⑤総括

投稿日:2019/10/22

更新日:2019/10/22

 

どうも、あおりんご(@aoringo2016)です。

 

今まで昭和金融恐慌の一連の流れについてお伝えしてきました。

⇒ 【歴史に学ぶ経済サイクル】昭和金融恐慌をわかりやすく解説 ①発端

⇒ 【歴史に学ぶ経済サイクル】昭和金融恐慌をわかりやすく解説 ②直前

⇒ 【歴史に学ぶ経済サイクル】昭和金融恐慌をわかりやすく解説 ③突入

⇒ 【歴史に学ぶ経済サイクル】昭和金融恐慌をわかりやすく解説 ④救済

 

今回はこれらの最終章です。

昭和金融恐慌のその後と、最後の統括をしていきたいと思います。

 

(1927年年以降)昭和金融恐慌のその後

1927年に起こった昭和金融恐慌は 国民の信用不安による銀行への取付さわぎ により信用パニックになっていきました。

次の表1. をご覧ください。

表1. 普通銀行預金貸出金(出典:昭和金融恐慌史)
表1. 普通銀行預金貸出金(出典:昭和金融恐慌史)

こちらは参考にしている昭和金融恐慌史(初版: 1993年 著:高橋亀吉、森垣淑)からのデータです。

 

表1. からも確認できるように、昭和金融恐慌がおこった1927年3月から4月にかけて、銀行への預金が大きく低下している ことがわかります。

 

その後の政府と日銀の対処であったモラトリアムによって、5月以降の預金は回復していきました。

 

一方で、銀行からの貸出金は昭和金融恐慌以降も低下している ことが伺えます。

 

また、銀行の預金に対する貸出金の比率をあらわす預貸率はぐんと下げていきました。

 

借り手が少なくなってしまうと、銀行は人々へ貸し出すことを促すために金利を下げなければいけません。

その結果、昭和金融恐慌後は低金利時代 だったようです。

 

貸出金で稼げない銀行はどうしたのかというと、有価証券に資金を振っていきました。

 

それでも稼ぐことのできない銀行(現在でいう地銀)は整理され、それにともなって大銀行の地位は向上し、資金が大都市圏に集中していきました。

 

昭和金融恐慌後の貸出金低下の主な2つの原因

① 巨額の低金利長期貸出(特融)していたこと

政府と日銀は、昭和金融恐慌の救済措置として、巨額の低金利長期貸出金でカンフル剤を打っていました。

つまり日銀から市場に資金が放出されている状態です。

 

その結果、世の中には お金がジャブジャブの状態 だったそうです。

 

② 資金需要の低下していたこと

また、金融恐慌前から続く 日本経済の不振 が挙げられます。

第一次世界大戦中から景気を支えてきた投資が、その生産力効果を発揮しておらず活用もされていなかったようです。

さらに投資してきた 資産価値の低下 も起こっていました。

 

活用されていなければ、投資資金を増やす必要もなく、資金需要が生まれることもありません。

 

 

 

これら主な原因となる2点は、2019年現在の日本と照らし合わせても非常に似ているように感じます。

 

統括

5回にわたって、昭和金融恐慌にフォーカスしてきました。

調べるキッカケは「経済にはサイクルがある」と考えたからです。

そんな中、昭和金融恐慌について調べてきましたが、経済には浮き沈みがあり、行き過ぎたその先にはやはりバブルが崩壊するという過程につながることが見えてきました。

 

さらに、第一次世界大戦後の好景気のようなときには人々はとても緩やかな気持ちになりますが、ジェットコースターのように一気に転げ落ち、不景気のトンネルに入ってからは先が見えない状況が続きます。

 

また陽気な状態が続いているころには人々は間違ったことをしていることに気づいていませんが、一気に波が去ったあとに見えてくるのは隠されいた悪いガンが次々と見えてきました。

 

これは1900年代前半のできごとですが、100年前の日本でも現代と同じようなことが起こっていました。

個人的に、今回の昭和金融恐慌前後は現代の日本と同じような状況になりつつあるのではないか、と考えています。

  • 日本経済の不振
  • 日銀の金融緩和
  • 資金需要の低下
  • 資産価値の低評価
  • 都銀への高信用と地銀への低信用

など、かなり類似点は多いように感じます。

 

「日本経済の不振」については、現在の日本経済の状況は日銀短観が一番確認しやすいので、以下の記事も合わせてご覧ください。

【関連記事】

⇒ 【簡単】わかりやすい日銀短観の解説 2019年10月 発表

 

「日銀の金融緩和」については、現在はマネタリーベース上でお金がジャブジャブに増えていることを説明していますので、以下の記事も合わせてご覧ください。

【関連記事】

⇒ 【簡単】マネタリーベースとマネーストックの違いのわかりやすい解説とその推移

まとめ

さて、今回は最後となる昭和金融恐慌の統括をお伝えしてきました。

 

昭和初期の日本と令和初期の日本の類似点は多いように見えてきましたので、これから調べていこうと思います。

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