2-4-1. 1927年 昭和金融恐慌

【日本の大暴落】昭和金融恐慌をわかりやすく解説 ②直前

昭和金融恐慌②_1-2

どうも、あおりんごです。

 

昭和金融恐慌のシリーズをお伝えしております。

今回は「昭和金融恐慌の直前のスキーム」をお伝えしたいと思います。

好景気直後、暴落時の人の動きはとても勉強になります。

【連載】

【日本の大暴落】昭和金融恐慌をわかりやすく解説 ①発端

【日本の大暴落】昭和金融恐慌をわかりやすく解説 ③突入

【日本の大暴落】昭和金融恐慌をわかりやすく解説 ④救済

【日本の大暴落】昭和金融恐慌をわかりやすく解説 ⑤総括

(1920年~1923年)昭和金融恐慌の直前スキーム

さて、戦後好景気からの暴落のあとは図1. のように進んでいきました。

 

昭和金融恐慌のスキーム ~直前~
図1. 昭和金融恐慌のスキーム ~直前~

(1920年〜)国民に広がる信用不安

戦後好景気の暴落により企業業績が悪化、倒産していきました。

それに伴って銀行が企業に貸し出していたお金も返ってこなくなり、銀行も破綻につながる連鎖反応が起こりました。

 

国民や企業は銀行を信用してお金を預けており、銀行はそれを他の人に貸し出すことで利ざやを得て儲けています。

銀行が破綻するとなればその銀行に預けている国民や企業は「銀行に預けているお金が返ってこなくなるのではないか!?」という不安心理(信用不安)が芽生えてきます。

そして、この信用不安が人々に感染し、一気に全国へと広がっていきました

(1920年~)暴落後の中間景気

政府や日本銀行はこのときの暴落を「好景気による反動」と考えながらも、救済措置として融資を行い、暴落後の中間景気が訪れました。

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経営困難な企業などは、本来であればこのときの暴落によってしっかりと整理されるべきだったのですが、政府や日本銀行による救済措置のおかげでそういった企業は「ゾンビ企業」として生き残ってしまいました。

 

このゾンビ企業が将来おこる昭和金融恐慌を引き起こす原因につながっていきます。

(1923年)関東大震災とその救済

さらなる景気活性化が待たれたこの時期に、日本特有の災害に見舞われました。

 

1923年 関東大震災

 

関東を中心とする大地震によって、日本は甚大な被害を受けてしまいました(関東大震災の被害の様子は省きます)。

 

これを受けて、政府と日銀は主に3つの救済措置を行いました。

関東大震災への3つの救済措置
図2. 関東大震災への3つの救済措置

①震災手形割引損失補償令

災害手形割引損失補償令は、流通できない手形や流通が困難な手形に対し、日銀が再割引することによって流動化させることを目的とした令で、それを出しました。

②輸入品の増加

日本には大地震により生活必需品が不足しているため、外国からの輸入品を増やしました。

その結果、為替は円高に振れました

③復興のための公債発行

復興のため、国債などの公債を発行し、それを増やしていきました。

震災手形が財界のガンへ

関東大震災によって被害を受けた企業がもつ手形を割り引いて、世の中にその手形が流れるように行った措置ですが、この措置がまたもや先程のゾンビ企業の延命につながりました。

震災手形が昭和金融恐慌につながる財界のガンに
図3. 震災手形が昭和金融恐慌につながる財界のガンに

つまり、経営が行き詰まり、倒産寸前までに追い込まれていた企業や銀行が震災対策のための救済措置を経営の延命手段として悪用していました。

関東大震災の救済措置が財界のガンにつながっていき、1927年に大問題に発展していきます。

まとめ

今回は「昭和金融恐慌の直前スキーム(1920年~1923年)」をお伝えしました。

当たり前と言えば当たり前ですが経営困難な企業が必死で生き残ろうとする場面が見えていました。

 

こういった一面を見ていると、人間は自分の運やツキ、流れが悪くなると、どんな手段を使ってでも生き残ろうと必死になる様子が伺えます。

 

歴史を紐解くことで「人は歓喜と悲哀の狭間でどう行動するのか」を垣間見ることできます。

生き残るためには歴史を知ることが大切なのではないでしょうか。

 

次回は「昭和金融恐慌、真っ只中のスキーム」をお伝えしていきます。

【連載】

【日本の大暴落】昭和金融恐慌をわかりやすく解説 ①発端

【日本の大暴落】昭和金融恐慌をわかりやすく解説 ③突入

【日本の大暴落】昭和金融恐慌をわかりやすく解説 ④救済

【日本の大暴落】昭和金融恐慌をわかりやすく解説 ⑤総括