【そういう切り口!?】ちょっと違ったシンガポール旅行(5)〜日本が占領していた国〜

更新日:2019/5/2

どうも、あおりんごです。

 

このテーマも今回が最後です。

もっと連続でご紹介したかったのですが、どうすればちょっと違ったシンガポール旅行をわかりやすくご紹介できるか、なかなかまとめるのに時間がかかってしまいました。

 

さて、前回は、

【そういう切り口!?】ちょっと違ったシンガポール旅行(1)では、ごくごく一般的なシンガポール旅行をご紹介しました。

 

【そういう切り口!?】ちょっと違ったシンガポール旅行(2)では、シンガポールが金融センターとテクノロジーの街についてをご紹介しました。

 

【そういう切り口!?】ちょっと違ったシンガポール旅行(3)では、アジアNo,1のシンガポール国立大学についてをご紹介しました。

 

【そういう切り口!?】ちょっと違ったシンガポール旅行(4)では、リー・クアンユーについてご紹介しました。

 

そしてぼくがこの国を旅行したいと思った理由はこんな感じでした。

 

  1. アジアトップクラスの金融センター街に訪れたかったから
  2. シンガポール国立大学に行きたかったから
  3. リー・クアンユーの作った国を見たかったから
  4. 日本が占領していた国を知りたかったから

 

今回は最後の日本が占領していた国編をご紹介しましょう!


あおりんごのシンガポール旅行

日本が占領していた国

みなさん「シンガポールを日本が占領していた」という事実をご存知でしょうか?

図1. シンガポール国立博物館

とくにぼくたちの若い世代はあまり知られていないかと思います。

ぼくも前回にご紹介したリー・クアンユーの本を読むまで知りませんでした、知識不足ですね。

 

この小さい国に遊びに行くこともひとつですが、実は日本人が占領していた という背景がある、ということも知っておいたほうがいいと考えていますので、書きたいと思います。

 

ぼくたちの国では、大空襲が各地で起こり、最終的に原爆を投下させられ敗戦国になりました。

ぼくの受けた教育ではその印象が強烈に残っています。

 

一方で、第二次世界大戦中には我々日本人がシンガポールを占領し、シンガポール国民に対し、残虐な仕打ちを繰り返していたことも事実でした。

この国を統制するために日本のとった行動は「恐怖心を焼き付ける」ことでした。

図2. シンガポール国立博物館にて

(ここには書けませんが)尋問や拷問が描かれた情景は、今の日本人には考えられない仕打ちをしていたようでした。

 

リー・クアンユーはそれを目の前にみてこう言っています。

「私は刑務所内外で、日本人の心の姿はを見た。

親切さとお辞儀とは薄いうわべでその下には獣が潜んでいる」


・リー・クアンユー(2002)『リークアンユー回顧録(上)』日本経済新聞社.

この言い回し、かなり的中している回答ではないでしょうか。

 

第二次世界大戦は、日本国民ですので日本側からの教育しか受けていないため、どうしても被害者の観点から知ることが多いです。

 

しかしながら、海外でこういった背景を見ると、また違った日本が見えてきますし、日本もかなりひどいことを他国でやっていたことがわかります。

 
そして、日本が原爆投下されたことを忘れないよう平和記念資料館に原子力爆弾が展示されているように、シンガポールでは日本軍に占領されていたことを忘れないように国立博物館には日本軍の戦車が展示されていました。


(5)のまとめ

今回はシンガポールからみた日本を中心に書いてみました。

日本人は観光名所として、きれいな国に旅行に行きますが、実は日本人が占領していました。

日本が占領していた背景があり、そこでリー・クアンユーが強烈に経験した過去をもとに、今のシンガポールを創り上げ、日本が取りのこされているようにも思います。

これは決して「日本のおかげで今のシンガポールがある」と言いたいわけではありません。

 

もしシンガポールへ旅行に行かれる方がいらっしゃれば、ここにはこういった背景があることも知ってほしいということで、シリーズもので書いてみました。


全体まとめ

ぼくも、もともとこの国の印象はホント単純に

 

  1. ポイ捨てがだめ
  2. めちゃくちゃキレイ
  3. 大きな船が乗ったホテルがある

 

というすごい低い印象しか持っておりませんでした。

たぶん何も知らないでこの国に行けば、一番最初に紹介したシンガポール旅行になることが一般的だと思います。

たぶんそんな人が多いと思います。

そんなシンガポールですが、金融都市であったり教育にものすごい力を入れていることがわかります。

 

その背景には、ぼくも惹かれた リー・クアンユー がキッカケでした。

彼がグローバル市場で戦える金融や教育レベルを引き上げ、今のシンガポールを創り上げていきました。

そして、ぼくが彼と出会ったキッカケは、実は チャーリー・マンガー でした笑

図3. デビット・クラーク(2017)『マンガーの投資術』日経BP者.
図4. デビット・クラーク(2017)『マンガーの投資術』日経BP者.
図5. デビット・クラーク(2017)『マンガーの投資術』日経BP者.

この本に、今回参考にした書籍のことが書かれており「読め!」と言っていましたので、買ったのを覚えています笑

 

とても良い本で、宝のようなものです。

 

そこからシンガポールに本当に行ってみる自分がなんとも言えませんが笑

チャーリー・マンガーがキッカケで、リー・クアンユーと出会い、シンガポールに行って、最後は日本に戻ってきた感じです。

世界を知れば、自国が見えます。

ちょっと変わったシンガポール旅行はいかかでしょうか。

 

あおりんご


参考文献

  • リー・クアンユー(2002)『リークアンユー回顧録(上)』日本経済新聞社.
  • リー・クアンユー(2002)『リークアンユー回顧録(下)』日本経済新聞社.
  • デビット・クラーク(2017)『マンガーの投資術』日経BP者.
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